礼拝メッセージ
2005年1月2日

「年末年始のメッセージ Part 2」
ヤコブの手紙2章18-26節

前回 Part 1では、「信仰によって救われる」という教えと、「行いのない信仰は死んだ信仰」という教えのつながりと、口先だけの信仰になっていないかということを学びました。神様の愛を体験して、その愛で愛することの大切さについて学びました。

今回は「口先だけの信仰」ではなく、「本物の信仰とは」ということについて学びます。信仰についてよくある三つの間違いについて考えたいと思います。

  1. 信仰は感情によるものではない。意志が大切。
    聖書を読んで感動することや、人の説教や証や信仰の歌を聞いて感動することがあっても、自分は神様を第一にするという意志を持っていなくては信仰ではない。
  2. 信仰は考えるものではない。個人的な関係が大切。〈18節〉
    聖書の言葉を多く記憶してみても、神学の教育を受けても、聖書から人生哲学を学んだとしても、その人の生活に神様が現わされていないのならば、信仰があるとは言えない。 神様との個人的な関係を持ち、救い主を受け入れているのならば、その人は造りかえられていく(第二コリント5章17節参照)。
  3. 信仰は理解するだけのものではい。従うことが大切。〈19節〉
    神様がいることを理解していても、イエス様が救い主だと理解していても信仰があるとは言えない。なぜならば聖書に出てくるサタンもそのことは理解している。本当に従うという思いがなくては、信仰とは言えない。

信仰は行動が伴う〈20-25節〉
人は行いによって救われるのではなく、信仰によって救われるのですが、行いによって信仰が現わされている。
日々の信仰が、日々の行動につながっている。
意志、個人的な関係、従うこと、この三つを伴った信仰を持っているか?

幾つかのチェックポイント

  • 日頃から信じるという意志を持っているか。
  • 神様からの言葉を聞いているか。そのために自分の時間を捧げているか。
  • 神様の言葉に従っているか。

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